2022年6月21日~23日、第4回「World Whisky Forum」が開催されました。開催場所はデンマーク西海岸に建つStauning蒸留所。
World Whisky Forum(以下、WWF)とは、18ヶ月に1度開催されるウイスキー界のビッグイベントです。小規模の生産者から大手企業まで、ウイスキー生産に携わる方なら誰でも参加可能。ウイスキーやビジネスに関する知識・意見を共有し、ネットワークを拡大させることが出来る、ウイスキー界では重要なイベントです。会場では、レアウイスキーのテイスティングなど、魅力的な機会も多く設けられています。
モデレーターを務めるのは、ウイスキーライターとして著名なDave Broom氏。
4回目の開催となる今回のWWFでは、初の試みとして、LIVE配信とバーチャルチケットの販売が行われました。筆者はバーチャルチケットで参加しましたが、会場にはヨーロッパを中心に世界各国から70人弱の参加者が集まり、画面越しでもその情熱と活気が伝わってきました。対面での参加が叶わなかったのは残念ですが、ウイスキーを愛する気持ちが、国境を超えて人を繋げていくのだと感じた貴重な瞬間でした。
ところで、5大ウイスキー産地(イギリス・アイルランド・アメリカ・カナダ・日本)ではなく、なぜ北欧のデンマークで?と疑問に思った方もいるのではないでしょうか?
日本ではあまり知られていませんが、近年、北欧には新興蒸留所が増加しています。元々、スコットランドと気候の近い北欧諸国。雄大な自然に恵まれ、大麦や良質な水など、ウイスキーの原料も調達可能なのです。最新技術を投入した、固定概念にとらわれない、イノベーティブなウイスキー造りが魅力的です。
WWFは、毎回テーマを設定しています。
今年のテーマは「サステイナビリティ」
など、ウイスキー生産に関わっている方なら誰しも不安になるような悩みを共有し、解決策を探していく目的がありました。
デンマークは世界で最も環境意識が高く、持続可能な生産で業界をリードする北欧の中心地です。中でも、Staunin蒸留所は、地元で栽培・収穫された原料のみを使用し、近代的な製麦技術を使用したフロアモルティングを行っています。風味を巧みにコントロールし、従来のフロアモルティング法と比較してコストと水の使用量を削減することができます。「サステイナビリティ」というテーマを考えた際、デンマーク、中でもStauning蒸留所はうってつけの場所というわけです。
ちなみに、過去のWWFは
で行われています。
そして、次のWWFの開催地は長野県の小諸蒸留所。期間は、2024年2月19日~21日。
ウイスキー業界に携わる人材が、世界中から一堂に会するWWF。日本での開催は、世界へジャパニーズウイスキーの魅力を発信する、絶好の機会となります。本記事を通じて、WWFとは何か、そのイメージを掴んでいただけたら幸いです。
WWF 2022は以下のタイムスケジュールで進められました。
*全て現地時間で記載、日本との時差マイナス7時間
以下、WWFのハイライトを報告します。
WWFの1日目には、Stauning蒸留所のツアーが対面/バーチャルの両方で行われました。 筆者はバーチャルツアーに参加しましたが、蒸留所スタッフの男性が、自らカメラを持ち、フロアモルティングの様子や24個ものポットスチル(こちらは圧巻の一言!)などが動く様子を実演してくれました。
この漆黒の蒸留所、実は一度燃やした木材を壁に使用しているそう。荘厳な見た目の裏には、潮風から建物を守るための工夫が感じられます。
Stauning蒸留所のもう一つの特徴は、光が多く入るよう大きなガラス窓を設けていること。目の前に広がる草原を一望すると、北欧の冷たくも爽やかな風が、画面越しでも感じられるようでした。
また、普段廃棄物として処理されてしまうヘザーを焚くことで、新しく独特なアロマを生み出す工夫がなされています。地元の資源を大切にし、Stauning蒸留所にしか出来ないウイスキー造りを追求する姿勢は、美しさ・地球との共生に根付いた、新しい時代のウイスキー造りの到来を表しているようです。
全体のイントロダクションを担当したのは、Vestas Wind SystemsのTommy Rahbek Nielsen氏。同社はStauning蒸留所の近くに拠点を置き、Corporate Knights社が発表する、世界で最もサステイナブルな会社としても表彰されています。サステイナビリティに関する世界の全体像を共有し、その中でのウイスキー産業の位置づけや課題について共通理解を深める、重要なオープニングでした。
セッション①では、資源の利用について、樽・オーク(樽に使われる木の一種)・大麦の3つの観点から、専門家によるプレゼンテーション・ディスカッションが行われました。
樽については、Demptos Cooperage ResearchからMagali Picard 氏が登壇。
ワイン樽の研究を主にされているようで、ウイスキー樽にも共通する知見を、化学者の立場から分かりやすく説明してくれました。
次に、スコッチ・オーク・プログラムを主導している Gregg Glass氏 (Whyte & Mackay)が登壇。
出典:https://whiskymag.com/story/whyte-mackay-expands-scottish-oak-programme
スコッチ・オーク・プログラムについては、こちらをご参照下さい。
このプログラムでは、スコットランドに樽の原料となるオークを植林し、より地域に根付いたウイスキー生産を目指しています。一方、湿潤なスコットランドでは、木材の乾燥など多くの課題があることも事実。そこで述べていたのが、 “working with right partners is a key”―1か国では難しいことも、適切なパートナーとならば成し遂げられる。気候・技術・経済状況などが異なる世界各国が、お互いの強みを活かす形で協力できれば、より新しく、責任あるウイスキー生産が実現できるのです。
この、AS LOCAL AS POSSIBLEー可能な限り地元資源を利用することの重要性は、3日間のフォーラムを通じて繰り返し強調されてきました。環境意識の高い若者、欧米の消費者は、地元の資源を使ったウイスキーを求める傾向にあります。これは、輸出入のエネルギーを節約するだけでなく、クリエイティブなウイスキー造りの源となるという強い意識が感じられました。
最後のスピーカーは、Scotch Whisky Research Institute所属の生物学者James Brosnan氏。
気候変動という外的要因が、大麦生産に与える影響とは何か?大麦のダイバーシティを強化し、耐久性の高い品種を開発するには?など、スコッチウイスキーの重要な原料である大麦についての研究報告と、課題についてお話下さいました。今後ますます厳しくなる環境規制。何か言われてから相手のルールで取組むのではなく、事前に手を打つことの重要性についても述べられていました。ウイスキーを造るためには、膨大な資源が必要となります。費やされる貴重な資源に見合う価値を創造すること、言わば「正当化」するために、我々が見せるべき姿勢について考えさせられました。
セッション②では、ヨーロッパの4つの蒸留所が、それぞれにとってのサステイナビリティとは何か、その資金調達の方法について紹介していました。
最初の登壇者は、Nc´nean (ノックニーアン)蒸留所のAnnabel Thomas氏。
ロンドンで経営戦略のコンサルタントとして働いていた経歴をもつ彼女は、2017年に新しく設立されたNc´nean 蒸留所でも、その手腕を発揮しています。
サステイナビリティを数値化することで、水資源の保存活用、完全循環型経済、生物多様性を目指した漸進的な取組み―炭素排出・廃棄ゼロ、100%スコットランド産のオーガニック大麦の使用、100%リサイクルのボトルなど―が紹介されました。地球、人、社会にも優しいビジネスを行うことでCSR遵守を徹底し、投資家や消費者からの注目を集めることに成功した事例と言えるでしょう。
Nc’nean蒸留所の公式ホームページはこちら。
続いての登壇者は、Adelphi(アデルフィー)蒸留所のAlex Bruce氏。
元々、小規模の独立系ボトラーとして働いていたという同氏。供給を他の蒸留所に左右されてしまうボトリング業に課題を感じ、自分の手で蒸留所を設立することを決心したそう。
出典:https://www.adelphidistillery.com/
当時、スコットランドの人里離れた集落では、過疎化が深刻だったと語ります。同氏は、「人と場所の持続可能性」を追及すべく、良質な水源・広大な土地を保有する集落ではなく、あえて挑戦的な土地を選んで蒸留所を構えました。
Adelphiは、地元への貢献に強い信念をみせています。中でも画期的なのは、信託銀行へ樽を販売し、地元の子供たちの手へわたるようにした後、子供たちが成人したタイミングで蒸留所が樽を買い戻すという仕組みです。樽の保有を通じて、子どもたちが蒸留への知識と経営的な視野を身に着けることを目指しており、地域の活性化に貢献しています。
環境保護としては、節炭器を通じたエネルギー効率化や資源の地産地消を紹介していただきました。経営から社会を変えていこうとするAdelphiの姿勢は、地域との関りが密接なウイスキー業界に新たな刺激を与えています。
Adelphi蒸留所の公式ホームページはこちら。
3番目は、ウイスキー業界の異端児、スウェーデンのAgitator(アジテイター)蒸留所からオスカー・ブルーノ氏が登壇。
Distillery manager Oskar Bruno, Photo © Lars Ragnå
出典:https://distilling.com/distillermagazine/high-tech-agitator-distillery-goes-after-fast-maturing-whiskey/
スウェーデン語のAgitatorは、Rebellion―反抗、反乱―を意味します。その名の通り、ウイスキー界の常識を覆すような斬新さが特徴的です。
彼らの信念は、Agitatorのマニュフェストにも表れています。
真空蒸留(vacuum distirallation)とは、エネルギー効率を格段に高めるための蒸留方法です。
美味しいウイスキーを追求し、伝統とは全く異なる蒸留方法・機材を試しているのが特徴。(醸成時に高圧力をかける、原材料に使う麦芽を変える、発酵日数を長めにとるなど、様々な方法が紹介されていました)
その分、関係する学術論文の読み込みや情報収集にも余念がありません。
ウイスキーとは何か?という、哲学的な問いからはじめるほど、強いこだわりが伝わってきました。自分たちの言葉に対する責任を感じさせるような、知見収集や試行を重ねる向上的な姿勢が印象的です。消費者からの高評価は、彼らの唯一無二で独創的なウイスキー造りによるものでしょう。
Agitator蒸留所の公式ホームページはこちら。
最後に、ストーククラブウイスキー/Spreewood distillers(スプリーウッド ディスティラーズ)より、Bastian Heuser氏が登壇。
出典:https://www.distillery.news/places/germany/brandenburg/schlepzig/distilleries/spreewood-distillers/
ドイツにあるというこちらの蒸留所では、カーボンフットプリント削減、地元から主原料を調達、再生可能エネルギーの導入など、環境に配慮した取り組みを幅広く行っています。
特に印象的だったのは、自身のためではなく周囲(消費者、サプライヤー、従業員)のために持続可能な経営を考えているという発言。サステイナビリティを前面に押し出すというよりも、経営の一部として環境に配慮した取り組みを心がけているように感じられました。
実際に、カーボンフットプリント削減することで€300.000の投資が受けられたといいます。環境への姿勢がそのまま銀行や投資家の評価に現れる今、周りの人々のため、社会のために、ウイスキー蒸留所が向き合うべき課題について、重要な視点を与えてくれました。
セッション③では、サステイナビリティを巡る消費者とのコミュニケーションについて、議論が行われました。
1人目の登壇者は、Content Coms社からJoanna Watchman氏。
ウイスキーに限らず、サステイナビリティに関するマーケティング戦略を専門とする方で、若者の認識がいかに変容しているか、マーケティングチームの重要性についてお話してくれました。また、透明性を高めていくことで、グリーンウォッシュ(実体が伴っていないにも関わらず、環境に配慮しているように見せかける行為)を防止する必要性も述べられていました。これもまた、一社や一か国では出来ないこと。持続可能なウイスキー生産という同じ方向を向いた、横断的な協力関係が求められます。
続いて、Dalmore(ダルモア)蒸留所のKieran Healey-Ryder氏。
サステイナビリティの観点から商品が評価されることが増えていく中、ビジネスモデルとしてレジリエンスを高めていく必要性について述べられていました。特に印象的だったのは、サステイナビリティを考える際には「人」の要素が欠かせないということ。技術だけではなく、十分なコミュニケーションがあってこそ成し遂げられる。そのためには、行っている取組みを、共通言語であるSDGsに繋げて発信することが重要となります。同時に、スピリッツに対して現在課されている税金の状況―他の酒類と比較し、不当に高額であること―についても説明し、政府との対話を進める必要性についてもお話されていました。ウイスキーを単なるボトルではなく、その背景にあるストーリーを含めて魅力を発信することが重要です。
Dalmore蒸留所の公式ホームページはこちら。
最後に、Mr LyanからRyan Chetiyawardana氏が登壇。
出典:https://www.forbes.com/sites/karlaalindahao/2019/08/22/ryan-chetiyawardana-brings-lyaness-to-new-york-city-at-priceless-mastercard-2019/?sh=42a5199361ea
バーテンダーとして、経営者として、イギリスを中心にビジネスを展開する同氏。これまでのフォーラムの内容を踏まえた上での、斬新な視点をもたらします。造り手と飲み手をつなぐ、繋ぎ手としてのバーテンダーの役割についてお話されていました。飲み手を教育(educate)し、理解を深めてもらうこと。今後、サステイナブルかつ生産者・消費者の両方が納得するウイスキー生産を実現できるかを考えるうえで、繋ぎ手が果たす役割は大きいと考えられます。
以上、WWFのイベントレポートでした!
ヨーロッパでは、持続可能な取り組みというものは、既に当たり前、新たな社会の常識になっています。その場所で造る意味を問い直し、ローカルな原料を使用することへの強いこだわりが感じられました。技術面、マーケティング面において、環境保護に向けた蒸留所の取り組みを可能にし、正しく消費者へ伝えるためには、世界各国の横断的な協力が必要不可欠です。パンデミックの影響もあるのでしょうが、フォーラムを通じて、やはり日本・アジアの存在感の低さを感じずにはいられませんでした。
そう感じていたところ、最後に驚きのニュースが!
次の開催地はなんと日本、長野県の小諸蒸留所!
既に新しいホームページも公開されています。
軽井沢ウイスキーに世界的な注目が集まる今、ジャパニーズウイスキー全体の魅力を世界に向けて発信していく必要があるでしょう。
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